化学物質過敏症・風のたより2

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私の病歴・・・耳の治療

先日、実家の母より聞いた話。
これまで何百回も聞いてきた話が、また始まったと思いつつ~さらっと長そうと思っていたら、私にとって新しい発見がありました。

私が生後2~3ヶ月の頃 (首が座る前) に患ったと聞いてきたつもりの「中耳炎」。
実は、生後1ヶ月だと知りました。

夜中もずっと泣き通し、朝になって耳だれが出てきて耳鼻科に連れていった事は、繰り返し聞いてきたが・・・
里帰り出産で高知に居たのが、1ヶ月経った時に当時の住まいの兵庫に帰る為に父が迎えに来て、帰る直前だったと補足があったので、60年以上前のことではあるが「生後1ヶ月」は確かなようです。

私は、当然高知の病院で治療を受けたと思っていたが、応急措置は高知であっても、翌日は兵庫に旅行となり~兵庫の病院に通った模様。

酷い中耳炎で、朝夕通っても耳だれは止まらず、「こんな小さな子に注射したことが無いから心配」と言いつつ、医師は換算した半部の量のペニシリンを注射。
体調異変が無いことを確認して、残りの半部を追加して~耳だれはピタッと止まったとのこと。

◇ ◇ ◇

ペニシリンを含め、薬剤治療の第一弾の始まりのエピソード。

解毒能力がとても少ない時期の医療行為が、良かったとか悪かったとかではなく、私の人生の初期に薬物と関わった事実を知ることが出来ました。

今までの記憶との1~2ヶ月のズレは、どおってこと無いのですが、なんせ昔のことなので母が頼りです。

これがCSの土台となったと無理矢理考えても、この治療が無かったら、私は間違いなく今より状態が悪かっただろうと思い、医療行為に対しては感謝しています。

◇ ◇ ◇

その後、小2の夏に慢性中耳炎の再発となり、延々高1の時に手術を受けるまで五月雨のごとく治療を受け・・・
手術で聴力回復予定が、手術は成功したものの聴力は回復どころか、僅かな聴力も失ってしまったのでした。(左耳のみ)

数年、耳だれとの付き合いが無く、その点では快適な暮らしでしたが、大学2年で再発。
まあ、子どもの頃と比べたら回数も少なく、手術効果(?)もあったかと思います。

そして、CSとなってから回数も増え、今も耳だれは~度々出てくるのですが、出るものは出た方が良いと勝手な解釈をして、耳鼻科に行くことはせずに過ごしています。(鍼治療は受ける)

◇ ◇ ◇

また・・・
中1の時、原因不明の発熱が続き(CS専門医はCS症状と言う)、飲み続けたピンクの解熱剤により発疹等の強いアレルギー症状が出て、アレルギーの治療と発熱の原因を調べるために入院するが結局原因不明のまま退院。
その後、3ヶ月近くは発熱を繰り返しつつ自然治癒(?)。

アレルギーの元と言われる解熱剤がピリン系だったように思うけど、はっきり覚えてなくて。。。

また・・・
高1の手術時に全身麻酔から目覚めた後、ものすごく身体中が痛くて怠くて、私としては尋常ではない苦しさであったけれど、ナースに伝えても取り合ってもらえず、始めての全身麻酔だったので~麻酔を受けたら「こんなものか」と耐えたのでした。

入院中に同じ手術を受けた人達を見ても、私のような症状の人は無く、今も疑問のままです。

まるで、線維筋痛症と慢性疲労症候群を合わせたような症状だったと今は思います。
ただ、1週間程度で軽減できて良かったです。

◇ ◇ ◇

耳に関するエピソードは多々ありますが、とりあえずの経歴です。

過去は修正できませんが、今後の身体と付き合う上で注意は必要と思います。
たまには反芻し整理して、忘れないようにしたいと思います。

医療も進歩しているでしょうし、私の身体も変化(?)を続けていると思います。
その時々での体調変化には、引き続き注意しながら・・・快適な生活を送りたいと思います。

何でもCSと結び付けてしまう傾向にあります。


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by 2kaze | 2016-03-25 05:53 | つぶやき | Comments(0)

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by 風